大阪地方裁判所 平成7年(ワ)6036号 判決 1996年10月28日
原告
濱中喜久野
ほか二名
被告
株式会社ソネザキ
ほか一名
主文
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告らは、各自、原告濱中喜久野に対し、金一五〇〇万円、原告濱中勝也に対し、金七五〇万円、原告濱中哲也に対し、金七五〇万円及びこれらに対する平成五年六月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、横断歩道上の歩行者が自動二輪車と衝突し、死亡した事故につき、被害者の遺族が、運転手に対し、民法七〇九条に基づき、運転手を雇用している会社に対し、自動車損害賠償保障法三条に基づき、それぞれ損害賠償を求めた事案である。
一 争いのない事実等(証拠及び弁論の全趣旨により明らかに認められる事実を含み、( )内に認定に供した証拠を摘示する。)
1 本件交通事故
(一) 日時 平成五年六月二五日午前二時三三分ごろ
(二) 場所 大阪市都島区都島本通三丁目二八番三号の大阪環状線上
(三) 事故車 被告佐藤隆(以下「被告佐藤」という。)運転の自動二輪車(登録番号 大阪市都島か七八五六、以下「被告車」という。)
(四) 態様 信号機の設置されている交差点内の横断歩道において、訴外濱中勝美(以下「勝美」という。)が、西から東へ進行してきた被告車と衝突した(弁論の全趣旨)。
2 勝美の受傷及び死亡
勝美は、本件交通事故により、外傷性くも膜下出血、び漫性脳挫傷、び漫性軸索損傷(DAI)、肺・尿路感染症、右頸骨骨折、左肋骨骨折、遷延性意識障害、肺炎、気切創、広範囲脳障害、虚血性心疾患、腎不全、心不全等の傷害を負い、平成五年六月二五日から同年九月一六日まで(八四日間)関西医科大学付属病院救命救急センターに、同日から平成六年二月二四日まで(一六二日間)春秋会西大阪病院に、平成六年二月二四日から同年六月一七日まで(一一四日間)聖和病院にそれぞれ入院し、同年六月一七日午前五時四五分、敗血症で死亡した。
3 相続
原告濱中喜久野は、勝美の妻、原告濱中勝也及び原告濱中哲也は、勝美の子である。
4 損害てん補
原告らは、自賠責保険から三〇二二万二三三八円、被告会社から治療費として六三万五五一〇円の支払いを受けた。
二 争点
1 責任
(一) 被告佐藤は、被告車を所有する保有者であり、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条により、原告らが被つた損害を賠償する義務がある。
(二) 被告佐藤は、被告株式会社ソネザキ(以下「被告会社」という。)の従業員で、被告車を運転して通勤中に、後ろを振り向くなど、前方注視を怠つた過失により本件事故を発生させたから、被告会社の業務を執行中の事故であるということができ、被告会社は、民法七一五条により、原告らが被つた損害を賠償する義務がある。
2 損害
(原告の主張)
(一) 治療費 二三八万七二三〇円
関西医科大学付属病院 一三四万一八九〇円
春秋会西大阪病院 五六万〇三八〇円
聖和病院 四八万四九六〇円
(二) 入院雑費 四六万五四〇〇円
原告は、入院期間中(合計三五八日間)、一日当たり一三〇〇円の費用を要した。
(三) 休業損害 三五三万〇九五九円
勝美は、平成五年六月二五日から平成六年六月一七日まで合計三五八日間休業し、月給八三万円中三〇万円を減額された。
(算式)300,000×12÷356×358
(四) 逸失利益 三五四四万四二三三円
勝美は、本件事故当時、九六〇万円の年収があり、また、厚生年金から年額二〇〇万二八〇〇円の年金を受給していた。生活費割合として三割を控除し、新ホフマン式計算法により、年五分の割合による中間利息を控除して、右期間の逸失利益の現価を算定すると、右のとおりとなる。
(五) 葬儀費用 一五〇万〇〇〇〇円
(六) 慰藉料 二八五〇万〇〇〇〇円
(七) 弁護士費用 一五〇万〇〇〇〇円
(被告らの反論)
原告らの主張する勝美の休業損害及び逸失利益の算定の基礎となつている収入は役員報酬であつて、勝美の労働の対価とはいえないものである。
3 過失相殺
(被告らの主張)
勝美は、深夜、東行き二車線、西行き三車線の合計五車線(車道幅員一六メートル)の幹線道路を、飲酒酩酊して、赤信号を無視して、北から南に横断中、被告佐藤の運転する被告車の直前に飛び出して、東行き車道側端から三・七から三・八メートルの地点で事故にあつたものであつて、大幅な過失がある。
本件事故直前に、暴走族がジグザグ運転をしていた状況からしても、勝美が、東行き車線上に佇立していたとは到底考えられない。
(原告の反論)
勝美は本件事故現場の交差点の北東角の歩道から二・六メートルの地点に佇立していたものであつて、飛び出したものではない。
本件事故直前に、暴走族がジグザグ運転をして通り過ぎようとしていたのだから、勝美は立ち止まつて見ていたはずで、飛び出すはずがない。
第三争点に対する判断
一 事故態様、被告らの責任、過失割合
1 証拠(検甲第一から第四まで、乙第一から第三まで、証人向田国弘、同茅野健二、原告濱中勝也、被告佐藤、弁論の全趣旨)によれば、
(一) 本件事故現場は、東西方向の直線道路と南北方向の直線道路とが交わる信号機により交通整理が行われている十字型交差点で、東西道路は歩車道の区別があり、交差点西側で東行き車線が三車線、西行き車線が二車線、交差点東側で東行き車線が二車線、西行き車線が三車線の合計五車線で、幅員は交差点東側で東行き車線が六・六メートル、西行き車線が九・五メートル、交差点西側で東行き車線が九・四メートル、西行き車線が六・六メートルであり、東西道路は時速五〇キロメートルに速度が制限され、事故現場付近は市街地にあり、各道路の前方の見通しは良く、本件交差点付近は明るく、付近の道路はアスフアルト舗装され、平坦で、本件当時は乾燥していたこと、本件交差点より西側の東行き車線の歩道寄りには駐車車両が数台あつたが、本件交差点北東角から東側の本件現場付近には駐車車両はなかつたこと、
(二) 被告佐藤は、本件事故当日、自宅からバイクで一七ないし一八分要する距離にある会社の守口の車庫に出勤するため、被告車に乗車していたこと、被告佐藤は、本件交差点の西側の都島交差点で信号待ちをし、その時、東行き三車線の歩道寄り車線には、被告車の他にいわゆる暴走族風の若者の乗車した単車が二台、中央車線には、茅野健二(以下「茅野」という。)の運転するタクシーが乗用車二台に続いて停車していたこと、被告佐藤は、都島交差点の信号が青色に変わると発進し、暴走族風の単車は被告車よりも早い速度で走行していたこと、都島交差点から本件交差点までの間は信号により二か所で交通整理が行われていたがいずれも青信号であつたこと、被告佐藤は、時速約五〇キロメートルで走行を続け、別紙図面1の<1>地点で、対面信号が青色であることを確認し、同図面<2>及び<5>地点で進路前方を確認し、<3>及び<6>地点でバツクミラーで後方を確認し、<6>地点で後方確認後、前方に視線を戻したところ、左方から白いものが近づいてきたのを感じたこと、その直後に被告車と勝美は衝突したこと、
茅野は、タクシーを運転して時速四、五十キロメートルで走行中、被告車と勝美が衝突するのを、被告車の後方数十メートルの地点で目撃したこと、その時の事故現場交差点の対面信号は青色で、本件事故現場の東側二、三〇メートル先の地点に単車が停止し、後方を振り向いて見ていたこと、
向田国弘(以下「向田」という。)は、西行き車線を走行中、本件交差点の東側の別紙図面2の<甲>地点より東の地点において、暴走族が対向東行き車線を二車線にまたがつてジグザグ運転をしているのを見たこと、右暴走族の単車と被告車とは五〇メートルくらい離れていた記憶であること、向田は、<甲>地点において、被告車と勝美が同図面<×>2地点付近で衝突するのを目撃し、事故現場交差点をそのまま青信号で通過したこと、向田が本件交差点に至る前から対面信号は青色であつたこと、
勝美は、本件事故当時、薄灰色の上着及び同色のズボンを着用していたこと、被告佐藤の進行方向から、本件交差点の東詰横断歩道上の北側歩道から三・八メートル、横断歩道の東側端付近に佇立している灰色の上着及び同色のズボンを着用した人物を、夜間、晴天時に、約五八・五メートル前方の地点から視認することができること、右地点からは東詰め横断歩道の北側歩道付近まで見通せること、
以上の事実を認めることができ、右認定に反する証人向田国弘、同茅野健二、原告濱中勝也、被告佐藤の供述部分はいずれも採用することができない。
2(一) 右の事実によれば、衝突位置は路面擦過痕の始点の位置、向田、被告佐藤の供述等に鑑み、本件交差点の東詰横断歩道上の北側歩道から三・八メートル、横断歩道の東側端付近であり、本件事故直前に、暴走族の単車が本件事故現場を通り過ぎ、二車線にまたがつてジグザク運転をしていたことに鑑みれば、勝美は、暴走族の単車が通過する時点においては歩道上あるいはその近くにいたが、その通過後に衝突地点の方向に横断を開始したと解され、被告車の左前面部付近と勝美とが衝突したものと推認される被告車の損傷状況も、これと符合する。
(二) そうとすると、1で認定したとおり、本件交差点北東角から東側には被告佐藤の視界を妨げるような駐車車両はなく、横断歩道上を南に約三・八メートル移動する勝美を約五八・五メートル前方の地点から視認することができたのであるから、被告佐藤には前方不注視の過失があるといわざるを得ず、他方、勝美にも、夜間、対面信号が赤色であるにもかかわらず横断を開始した過失があるから、被告佐藤と勝美の過失割合は、被告佐藤の四、勝美の六と解する。
3 証拠(被告佐藤、弁論の全趣旨)によれば、被告佐藤は、本件事故当時、被告会社において、商業廃棄物の収集運搬のための車両の運転をしていたこと、被告車を通勤や私用に使用し、会社の仕事に使うことはなく、被告会社から通勤手当ないしガソリン代として月額六〇〇〇円の支給があつたこと等の事実を認めることができるけれども、被告会社の仕事に被告車は使用しない上、商業廃棄物の収集運搬を業務内容としていることに照らし、被告佐藤が被告会社で運転するのは被告車のような単車ではなく四輪車であると解され、かつ、被告佐藤は、被告会社から被告車を通勤に使用することを黙認されている旨供述するけれども、それも、被告会社からバイクを使うのはまずいといわれていないからというに過ぎず、これらの事実に照らして考えれば、原告主張のように、被告佐藤が、本件事故当時、被告車を運転して通勤していたことをもつて、被告会社の業務執行として行われたものと解することはできない。
二 損害
1 治療費 二三八万七二三〇円
勝美が本件事故により傷害を負い、平成五年六月二五日から関西医科大学付属病院救命救急センター、春秋会西大阪病院、聖和病院にそれぞれ入院したことは当事者間に争いがなく、証拠(甲第二の一から第五の三まで)によれば、右の各入院に係る治療費として、関西医科大学付属病院に一三四万一八九〇円、春秋会西大阪病院に五六万〇三八〇円、聖和病院に四八万四九六〇円の合計二三八万七二三〇円を要したことを認めることができ、原告の主張は理由がある。
2 入院雑費 四六万五四〇〇円
前記争いのない事実によれば、勝美は平成五年六月二五日から同年九月一六日まで(八四日間)関西医科大学付属病院救命救急センターに、同日から平成六年二月二四日まで(一六二日間)春秋会西大阪病院に、同日から同年六月一七日まで(一一四日間)聖和病院にそれぞれ入院し、合計三五八日間入院したものであり、一日当たり、一三〇〇円の雑費を要したと解するのが相当であるから、原告の請求は理由がある。
3 休業損害 三五三万〇九五八円
証拠(甲第七から第九まで、原告勝也)によれば、
勝美は、本件事故当時、濱中ボイラ工業株式会社(以下「訴外会社」という。)の代表取締役であつて、本件事故により、訴外会社の職務に携わることができないので、事故後平成五年九月一八日に開催された訴外会社の取締役会において、その決議により、月給八三万円中三〇万円を減額されたこと、勝美は、本件事故により、同年六月二五日から平成六年六月一七日までの合計三五八日間休業したこと等の事実を認めることができ、右の事実によれば、勝美の休業損害は右のとおりであるから、原告の請求は理由がある。
(算式)300,000×12÷365×358
4 逸失利益 二五六二万一三一〇円
証拠(甲第八、第九、第一〇、原告勝也)によれば、
勝美は大正一二年一一月二六日生まれ(死亡当時七〇歳)で、本件事故当時、妻である原告濱中喜久野、子である原告濱中勝也らと共に六人家族で暮らし、訴外会社の代表取締役として、本件事故当時、九六〇万円の年収があつたこと、訴外会社は空調機の販売、保守を業務内容とし、従業員は約一〇名、年収一億から一億五〇〇〇万円であること、本件事故当時の勝美の月給八三万円中、社長報酬は五三万円で、実務分が三〇万円であること、勝美は、厚生年金の受給権を昭和六三年一一月に取得し、昭和六三年一二月から年額一八四万五一〇〇円の年金を受給していたこと等の事実を認めることができ、平成六年簡易生命表による七〇歳男性の平均余命は一三年(年未満切り捨て)であることは当裁判所に顕著な事実である。
右の事実によれば、勝美の労務の対価としての報酬は月額三〇万円と解するのが相当であり、また、本件事故当時、少なくとも年額一八四万五一〇〇円の年金を取得していたと解されるから、本件事故がなければ、平均余命である一三年間は、右年金を取得し、また、六年間は稼働して、収入を得ることができたはずである。そこで、右各期間に対応する年五分の割合による中間利息をホフマン式計算法により控除し、生活費控除率は三割と解するのが相当であるから、これを前提にして勝美の逸失利益の現価を算出すると、右のとおりとなり、原告らの主張は、その限度で理由がある。
(算式)300,000×12×(1-0.3)×5.1336+1,845,100×(1-0.3)9.8211
5 葬儀費用 一二〇万〇〇〇〇円
葬儀費用は右額をもつて相当と解する。
6 慰謝料 二五九〇万〇〇〇〇円
前記のとおり、勝美は、本件事故により合計三五八日間入院し、かつ、意識を回復することなく死亡したこと、本件事故の態様、勝美の年齢、社会的地位等に鑑みれば、入院慰謝料二九〇万円、死亡慰謝料二三〇〇万円の合計二五九〇万円が相当である。
三 勝美の本件事故による損害は、前記二のとおり、合計五九一〇万四八九八円と解されるところ、前記一の過失割合により過失相殺による減額を行うと、二三六四万一九五九円にとどまるところ、被告らが、自賠責保険から三〇二二万二三三八円、被告会社から治療費として六三万五五一〇円の合計三〇八五万七八四八円の支払いを受けたことは当事者間に争いがないから、右二三六四万一九五九円は既にてん補されていることになる。
四 以上のとおりであつて、原告等の本訴請求はいずれも理由がない。
(裁判官 石原寿記)
別紙図面1
別紙図面2